助教 パラチャ サミウラ
イノベータコース2年 井上彩加
(※)パラチャ先生は2016年9月末日付で本学を退職されています。
研究テーマ:アイトラッキングを使用した読解能力判定検査

「アイトラッキング」を使った実験。画面の中のよく見た部分ほど赤い色となって記録される。
人は同じものを見ていても、見ている時間や順番には個性があるし、理解度も違う――「アイトラッキング」を使った実験によって得た結果を子どもたちの教育に生かせないか、と考えた井上さんは画一的に行われる学校教育の方法に疑問を持ち、パラチャ研究室でこの課題をICT技術で解決できる道を模索し始めています。
画一的な学校教育をICTで変えたい
井上 :私はかねてから教育分野について研究してみたいと考えていました。子どもはひとりひとり個性があり、理解力にも差があります。しかし、現在の学校教育は画一的で、偏りがあるのではないかと思っていました。この問題をICTで解決できるのではないかと考えていた時、出会ったのが「アイトラッキング」というシステムです。パラチャ研究室の先輩である高原さんが「アイトラッキング」について研究されているのを見ていて、大変興味を持ったのが最初の出会いでした。「アイトラッキング」とは、パソコンのモニターに映し出された文字や画像を、人が「どのような順序でどのくらいの時間をかけて見ているのか」を調べるための装置です。これはWebサイトを作る際、人が注視しやすいデザインを研究するためなどに多く使われていますが、これを、「教育」の分野で活用できないかと考えたのです。
パラチャ :「アイトラッキング」は私にとっても新しいフィールドです。わからないことも多いので、井上さんとはお互いに助言しあいながら研究をすすめています。私の研究の専門分野であるAI(人工知能)にとっても、情報を「見て」取り入れ、「読む」ことは大変重要な意味があります。「アイトラッキング」はまさに情報が最初に入ってくる「目」の部分を調べる装置です。
井上 :まず、KICの留学生を中心に、実験に協力してもらいました。方法としては、パソコンのモニターに映し出されたさまざまな種類の画面を見てもらいます。文字ばかりで構成された長文や、イラストや写真入りの短い文章、マンガなど数種類用意します。それぞれの画面を「どのような順番」で、「どの部分を何秒くらいかけて」見ているのか、を「アイトラッキング」で記録します。そしてその後、実際にどのくらい内容を理解しているのか、を調べるために簡単なテストを受けてもらいました。
パラチャ :この実験結果は実に興味深いものになりました。時間をかけてじっくりと画面を目で追っている人でも、内容を全く「理解していない」「覚えていない」という人がいるのです。その一方で、画面をパッパッと飛ばしながら短い時間で見ている人が、実は内容をきちんと把握している、ということもあったのです。
井上 :結果についてはさまざまなケースが考えられます。実験は英語で行ったので、そもそも英語力に問題があった人。内容そのものに興味が持てなかった人。また、文字を理解する際は目から入ってくる文字情報を脳内で音に変換するそうなのですが、その変換が途中からできなくなると、あとはサラッと流してしまうという人もいます。
インターネットが変えた「情報」「知識」の価値観
パラチャ :私がこれまで教えてきた学生の中には「話すことは得意だけれど読むことは苦手」という人が何人かいました。彼らの中にはそもそも集中力がない、という場合もありますが、読むことに慣れていない、または抵抗があるという人もいます。原因のひとつとして考えられるのは、最近の時代の傾向が影響しているということです。中でもインターネットから流れてくる大量の情報は、一見たくさんの情報を知ることができるので、自分の中に知識が蓄えられていると思いがちです。しかし実際には文字を目で追っているだけで内容を理解できていない、知識として自分の中に取り込めていないなどの場合が多いようです。次から次へと入ってくる情報に対して、ただ「見ている」「知っている」だけになってしまっているのです。
井上 :眼球運動そのものに問題のある人もいる、という調査があります。知能は平均かそれ以上であっても、目の動きに問題があることによって「理解ができない」「把握するのが遅くなる」という眼科医の調査結果もあるらしいのです。小学校の頃、黒板の文字をノートに写すのが遅い人が、クラスに必ず何人かいました。実はそういう子どもは決して能力に問題があったわけではない、ということがわかります。

左から井上彩加さん、パラチャ助教
パラチャ :教育の場面において、例えば「よくおしゃべりする子」というのは教師にとってもかわいい存在ですし、クラスの人気者でもあります。コミュニケーションを取ることが得意で、人なつこい子どもには誰でも目が行きがちです。しかし、そのような子どもが勉強を理解できているか、というと実はそうではない場合が多くあります。反対におとなしくてしゃべらないような子どもが、よく本を読んでいて理解力がある、という場合があります。しかし教師はどのような子どもにもまんべんなく注意を向けられているでしょうか。もし「アイトラッキング」での実験を学校教育に取り入れることができるなら、一人ひとりの子どもたちの特徴を掴み、その子どもに合わせた教育を与えることができるのです。
井上 :この手法は、試験の結果が悪いというだけで、「優れていない」という判断をされてきたこれまでの学校教育の価値観が一変する可能性があると思っています。「文章を読む」のは苦手だけれどマンガなら理解が速いという子どもや、音で聞くことによって理解できるという子どもには、与える教材の種類を変えればよいのです。学校の勉強についていけない子どもたちを救えるかもしれない素晴らしい方法だと確信しています。
パラチャ :テストでは英語を使用したのですが、これは被験者にとって第二言語です。テストの結果を見て、第二言語の教育においても、「読む」「書く」「話す」の3つは均等に重視しなければならないと改めて考えました。
井上 :クラスに40人の生徒がいたら、教師は全員の特徴を把握することは容易ではありません。この「アイトラッキング」が生徒一人ひとりの特徴を捉え、効果的な学習方法を示すことができるツールとして機能するのではないかと信じ、これからも継続して研究をすすめていくつもりです。
アイトラッキングに果てしない可能性を見出した井上さん。子どもの個性を見極め、それぞれに合った教育を提供していくにはまだまだ研究が足りないと言います。今後、どのような展開を見せてくれるのか、楽しみですね。
ICTによる国際協力や社会イノベーションを学ぶ|イノベーターコース
日本で初めてとなる、ICT技術を活用した社会課題解決を実践できる人材を育成するコース